新人の営業が売れない理由を「トークが下手だから」と考えて、ロープレを増やす。よくある打ち手ですが、これで差が縮まらないことも、現場の方はご存じだと思います。
ベテランと新人の差が最初につくのは、商談の場ではありません。商談の前です。ベテランは案内の前に、相場・駅・学区・保育園・病院を頭の中で揃えてから客先に立っています。新人は何を調べればいいかから分かりません。
この記事では、その「下調べ」を個人の経験から切り離して、公的データで標準化する方法をまとめます。あわせて、当社がこの下調べを駅名1つで出せるようにした仕組みも紹介します。
「トークの属人化」の正体は「材料の属人化」です
不動産営業の属人化とは、業務の進め方・顧客情報・ノウハウが特定の担当者の中にしかなく、組織として再現できない状態を指します。よく問題になるのはトークや追客のやり方ですが、その一段手前に、もっと再現しやすいのに放置されている領域があります。
商談前の下調べです。
「あの駅は子育て世帯に強い」「この沿線は乗降が伸びている」。ベテランのこうした知識は、実は感覚ではありません。元をたどれば数えられる事実です。小学校が徒歩圏に何校あるか。保育園は何か所か。駅の乗降客数は増えているか。県の相場は前年比で何%動いたか。
事実に根ざした知識なら、データで再現できます。トークの言い回しは人によって違っていい。ただ、トークの土台になる材料は、誰が調べても同じものが出る状態にできる。ここが属人化解消の最初の一歩です。
具体例で比べてみます。同じ「十三駅近くの中古マンション」の反響に対して——
| 新人の一次対応 | ベテランの一次対応 |
|---|---|
| 「駅から徒歩◯分の物件です。設備は……」と物件資料に書いてあることだけを話す。周辺のことを聞かれると「確認して折り返します」 | 「十三は乗降5万人台の駅で、徒歩10分圏に小学校が3校、保育園・幼稚園も10か所を超えます。お子さまがいらっしゃるなら最寄りの小学校まで400mほどです」と物件資料に書いていないことから入る |
後者の内容に、営業のセンスは1ミリも入っていません。全部、公開されているデータを事前に見たかどうかの差です。センスの差なら埋めるのに年単位でかかりますが、データの差はその日のうちに埋まります。
下調べが属人化したままだと、何が起きるか
「ベテランが調べればいいのでは」と思われるかもしれません。実際、多くの会社がそうなっています。そのままにしておくと起きることが3つあります。
1つ目は、退職と一緒に消えることです。エリアの土地勘は、その担当者の頭の中にしかありません。10年かけて貯めた「あの駅は子育て世帯に強い」が、退職届1枚で会社からなくなります。顧客リストは引き継げても、土地勘は引き継げません。
2つ目は、教える側の時間が食われることです。下調べのやり方が言語化されていない会社では、上司が同行のたびに口頭で補足することになります。教える内容が「材料の集め方」で埋まってしまい、本来教えるべき「材料の使い方」——顧客のタイプに合わせてどれを出すか——まで届きません。
3つ目は、担当者によって答えが変わることです。同じ駅について、Aさんは「子育て向きですよ」と言い、Bさんは何も言えない。お客様から見れば会社の当たり外れです。口コミの時代に、これは静かに効いてきます。
ベテランが商談前に見ている5つの数字
材料を分解すると、次の5つに整理できます。いずれも無料の公的データで確認できます。
| 材料 | 商談のどこで効くか | 公的データの出どころ |
|---|---|---|
| 相場の基準線(平均坪単価・前年比) | 「この値段は高くない?」への回答。物件価格を基準線との差で説明できる | 国土交通省 不動産情報ライブラリ(実際の取引価格) |
| 駅の需要(1日乗降客数と傾向) | 賃貸需要・資産性の説明。投資家には利回りの前提として | 国土数値情報 駅別乗降客数(S12) |
| 小学校・中学校(校数と最寄りまでの距離) | ファミリー層への訴求の軸。「最寄りの◯◯小まで約400m」まで言えると強い | 国土数値情報 学校データ(令和5年度) |
| 保育園・幼稚園(か所数) | 共働き世帯の一次関門。数が多いエリアはそれ自体が材料 | 国土数値情報 福祉施設・学校データ(令和5年度) |
| 医療・公園(病院・診療所・公園の数) | 高齢の買主・単身層の生活利便。「診療所が徒歩圏に◯件」は誰にでも刺さる | 国土数値情報 医療機関(令和2年度)・都市公園(平成23年度) |
ポイントは、これらが全部タダで、出典つきで手に入ることです。有料の調査会社に頼まなくても、国と自治体が公開しているデータだけで、ベテランの頭の中の大半は数字に置き換えられます。
相場データの具体的な調べ方は土地の相場を無料で調べる3つの方法に詳しくまとめています。
ただし「徒歩10分=800mの円」は広告に使えません
下調べで周辺施設を数えるときは、駅を中心にした円で考えるのが手っ取り早い方法です。不動産の表示に関する公正競争規約の施行規則では徒歩1分=道路距離80m(端数は切り上げ)と決まっているので、徒歩10分をざっくり800mの円に読み替えて、その中の施設を数える。ここまでは下調べとして問題ありません。
ただし、この円は直線距離です。広告に書く徒歩分数は道路距離で計算しなければならないので、「円の中に入っているから徒歩10分」とそのまま広告に書くと、規約上の問題になります。円は社内の下調べ用、広告表記は道路距離で別途計算。この線引きだけは新人にも最初に教えてください。
広告表記のルール全般は物件紹介文で「格安」と書くには根拠が要りますで整理しています。徒歩分数の起点が令和4年9月の改正でマンションは建物の出入口になった話も、そちらに書きました。
この下調べを、駅名1つで出せるようにしました
ここからは当社の話です。上の5点セットを毎回手で調べるのは、正直、続きません。国土数値情報はダウンロードして地図ソフトで開く前提のデータで、営業の商談前5分で扱えるものではないからです。
そこで、当社の地価ナビの駅検索に、この下調べをまとめて出す画面を作りました。検索欄に駅名——「十三」でも「十三駅徒歩10分」という営業の生の言葉でも——を入れて駅を選ぶと、1画面で次が出ます。
- 地図:駅を中心に徒歩5分・10分の目安円(国土地理院の地図タイル使用。円は直線距離の目安で、広告転用不可の注記つき)
- 徒歩10分圏の施設:小学校・保育園幼稚園等・中学校・公園・病院・診療所の件数と、最寄りの小学校・公園の名前と距離(例:十三駅なら「最寄りは大阪市立十三小学校・直線約397m」まで出ます)
- 営業トーク最大3本:ファミリー向け(または生活利便)・駅の需要・相場。そのまま読める文章で
- 想定問答2組:「この値段は高くない?」「病院は近い?」への、データを根拠にした答え方
- 次の行動1つ:「CRMで該当顧客を絞って追客を1通送る」など、その場でできる行動を1つだけ指示
収録は全国の約9,200駅。乗降客数・相場・施設数まで、すべて上の表の公的データです。
あえてAIに文章を作らせていません
営業トークの部分は、生成AIを使えばもっと流暢な文章が出せます。それでも、この画面はあえてAIを使わず、実データの数字を型に流し込む方式にしました。理由は一つで、AIは数字を創作することがあるからです。
商談で口にする数字が創作だったら、営業は取り返しがつきません。数字を型に流し込む方式なら、画面に出る数字は元データにある数字だけです。同じ駅なら誰が開いても同じ材料が出る——これこそが属人化解消の条件でもあります。担当者ごとに違う答えが出る仕組みでは、標準化になりません。
正直に書いておくと、限界もあります。公園データは国の公開が平成23年度版で止まっているため、新しい公園は載らないことがあります。距離は直線の目安です。画面にもその旨を明記しています。
新人の立ち上がりが変わる3つの場面
この画面を実際の業務のどこに差し込むか。想定しているのは3つの場面です。
- 反響の一次対応の前(5分)
問い合わせ物件の最寄り駅を検索して、施設数と相場の基準線だけ頭に入れて電話をかける。「調べて折り返します」が1回減ります - 案内の前日
トーク3本と想定問答を全文コピーして、案内メモに貼っておく。現地で聞かれてから慌てて調べる場面が減ります - 上司の同行前
新人が「この駅の材料はこれです」と同じ画面を見せられる状態にする。上司の指導が「材料の集め方」ではなく「使い方」から始められます
反響のあとの追客管理まで含めた仕組み化は反響・追客をExcelからシステムへ移すときの順番にまとめています。
よくある質問
Q. 県平均の相場では、物件の説明としてざっくりしすぎでは?
A. そのとおりで、県平均は「基準線」までです。個別の物件は近隣の成約事例で補足する前提で使ってください。ただ、基準線があるだけで「高い・安い」の会話が数字で始められます。何もない状態と比べると、商談の入り口がまったく違います。
Q. 施設のデータはどこまで信用していいですか?
A. 出典は国のデータですが、年度に差があります。学校・保育系は令和5年度、医療機関は令和2年度、公園は平成23年度が最新です。特に公園と診療所は開設・閉鎖が反映されていないことがあるので、商談で断言する前に、件数が決め手になる場面では現地か地図で確認してください。「徒歩圏に◯件ある」という規模感の把握には十分使えます。
Q. トークまで型にすると、営業が全員同じ話し方になりませんか?
A. 型にしているのは「材料」で、話し方ではありません。同じ材料から、ファミリー層に公園の話を厚くするか、投資家に乗降客数から入るかは営業の判断です。むしろ材料集めに時間を取られなくなるぶん、その判断に時間を使えるようになります。
まとめ
- 不動産営業の属人化は、トークの前に商談前の下調べで起きている。下調べは公的データで標準化できる
- 材料は5つ:相場の基準線・駅の乗降客数・小学校/中学校・保育園/幼稚園・医療/公園。すべて無料の公的データで揃う
- 徒歩10分=800mの円は下調べ用。広告の徒歩分数は道路距離(1分=80m・端数切り上げ)で別途計算する
- 地価ナビの駅検索は、駅名1つ(「◯◯駅徒歩10分」でも可)でこの5点+地図+トーク+次の行動まで1画面に出す。無料プランで使えます
- 数字が命の場面なので、トーク生成にAIは使わない設計。画面に出る数字は元データにある数字だけ
※本記事は2026年8月28日時点の情報にもとづきます。周辺施設のデータは国土数値情報(学校・福祉施設=令和5年度、医療機関=令和2年度、都市公園=平成23年度)によるもので、最新の開設・閉鎖が反映されていない場合があります。広告表記の可否は所属する不動産公正取引協議会または専門家にご確認ください。