2026年10月1日から、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策がすべての事業主の義務になります。改正労働施策総合推進法にもとづくもので、労働者を1人でも雇っていれば対象、中小企業の猶予期間はありません。「大企業が先で、中小は数年後」という段階施行ではなく、全事業主が同じ日から対象になる点が、これまでのハラスメント法制と大きく違います。この記事では、何を求められるのか、実務では何から手を付けるべきかを、中小企業の目線で整理します。
そもそも「カスハラ」とは何を指すのか
厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)では、顧客・取引先などからの言動のうち、①社会通念上相当な範囲を超えたもので、②それにより労働者の就業環境が害されるもの、が対策の対象とされています。ポイントは、クレームすべてがカスハラではないことです。商品やサービスへの正当な指摘・要望は含まれません。対象になるのは、暴言・威圧・土下座の要求・長時間の拘束・執拗な繰り返し・SNSでの晒しといった、手段や態様が相当性を欠く行為です。
この線引きを社内で共有すること自体が、対策の第一歩になります。「お客様は神様」で我慢させる時代は、法律のうえで終わりました。
事業主に求められる措置:大きく5つ
指針で求められる措置を実務目線でまとめると、次の5つです。
- ① 方針の明確化と周知:カスハラから従業員を守るという事業主の方針を定め、従業員に周知する。社外(顧客向け)への基本方針の掲示も推奨されます
- ② 相談体制の整備:相談窓口(担当者)を決め、従業員に知らせる。小規模なら「相談は◯◯まで」と決めて周知する形で足ります
- ③ 相談への適切な対応:相談があったら事実を確認し、対応する。対応した内容を記録に残す
- ④ 被害者への配慮措置:被害を受けた従業員の心身への配慮(担当の変更、休養、産業保健スタッフへの接続など)
- ⑤ 再発防止:起きた事案を踏まえて、マニュアルや対応ルールを見直す
罰則(刑事罰)は直接ありませんが、措置を講じていない場合は行政の助言・指導・勧告の対象となり、勧告に従わない場合は企業名公表の対象になり得ます。加えて実務上は、対応を怠って従業員が心身を害した場合の安全配慮義務違反(民事)のリスクの方が重いと考えるべきです。
実務の核心は「記録」です
5つの措置を眺めると、方針・窓口・配慮・再発防止と項目が並びますが、実務の核心はひとつに集約されます。「やっていることを、後から証明できるか」です。
方針を作っても、周知した記録がなければ「周知していない」と評価されかねません。相談に丁寧に対応しても、記録がなければ行政調査や紛争の場面で説明できません。逆に言えば、記録の仕組みさえ最初に作ってしまえば、日々の運用は「起きたら書く」だけになります。
対応記録に残すべき6項目
難しい様式は不要です。1件につき、次の6項目が残る形にしてください。
- いつ:発生日時(対応した日時も)
- どこで・誰が:場面(店頭・電話・訪問先など)と対応した従業員
- 何があったか:相手の言動を、評価を交えず事実で(「怒鳴られた」ではなく「◯◯と大声で繰り返した・約40分」のように)
- どう対応したか:その場の対応、上長への報告、相手への説明
- その後の措置:被害従業員への配慮、再発防止で決めたこと
- 誰が確認したか:責任者の確認欄
紙のノートでも成立しますが、紙は「書いたのに見つからない」「集計できない」で破綻しがちです。スプレッドシート等で入力したら日付付きで残る形にしておくと、発生から責任者確認までの流れがそのまま証跡になります。
10月1日までの準備手順(最短コース)
作業量は実はそれほど多くありません。最短ならこの4ステップです。
- 手順1(30分):厚生労働省のひな形をベースに、自社名・業種の実情を入れた基本方針をつくる。「当社は、従業員に対する著しい迷惑行為には毅然と対応します」という宣言が核です
- 手順2(15分):相談担当者を決める。決めたことを朝礼・メール・掲示で従業員に伝え、伝えた日付が残る形にする(メールなら送信記録、掲示なら日付入りの写真)
- 手順3(30分):対応記録の様式(上の6項目)を用意する
- 手順4(継続):起きたら記録し、月1回など決めた頻度で責任者が目を通す
マニュアルの整備や研修は、この土台の上に載せていくものです。まず「方針・窓口・記録」の3点を10月1日までに揃えることを優先してください。
東京都の事業者は:条例と奨励金も知っておく
東京都には、国の義務化に先行してカスタマー・ハラスメント防止条例があります。また、都内の中小企業(常時雇用300人以下)向けに、マニュアルの作成や実践的な取組を行った事業者を対象とする奨励金制度(カスタマーハラスメント防止対策推進事業・企業向け奨励金、定額40万円)が実施されています。令和8年度は事前エントリー制(超過時は抽選)で、第1回の受付は終了、次回の日程は公式の特設サイトで発表されます。
要件や提出書類は年度・回次で変わるため、検討する場合は必ず公式の募集要項(東京しごと財団)を確認してください。なお、この制度でもマニュアルの周知日が分かる証跡(掲示写真やメールのスクリーンショット)の提出が求められており、「日付付きで記録を残す」仕組みの価値は、義務化対応と奨励金申請の両方で共通しています。
よくある誤解
- 「クレーム対応を我慢しろという話でしょ?」→ 逆です。従業員を守る措置を事業主に義務付けるものです
- 「うちはパートだけだから関係ない」→ 労働者を1人でも雇っていれば対象です
- 「就業規則を変えれば終わり」→ 規程だけでは足りません。周知・窓口・記録という「動く仕組み」が求められています
- 「10月1日までに完璧にしないと」→ 完璧なマニュアルより、方針・窓口・記録の3点が動いていることが先です
まとめ
2026年10月1日から、カスハラ対策は全事業主の義務になります。求められるのは、方針の明確化と周知、相談体制、適切な対応と記録、被害者への配慮、再発防止の5つ。そして実務の核心は「後から証明できる記録」です。方針・窓口・記録の3点セットなら、小さな会社でも数時間で土台が作れます。秋は最低賃金の改定やインボイスの控除率変更も重なる時期(10月1日に変わる3つの制度のまとめ)なので、夏のうちに着手しておくことをおすすめします。
※本記事は2026年7月31日時点の公表情報にもとづく一般的な解説であり、法的助言ではありません。制度の詳細は厚生労働省・東京都の一次情報をご確認ください。個別の判断が必要な場合は専門家にご相談ください。